2020-01-01から1年間の記事一覧

薄羽カゲロウ日記(師走二日)

私が3年前、越後湯沢の川端康成記念館を訪れた際、最も心惹かれたのは川端氏の書斎に常に掛けられていたという巫女を描いた小さな日本画である。 灰色にぬりつぶされた背景に溶け込むように、黒い烏帽子をかぶり白衣に赤袴といういでたちの少女が笹を手に不…

薄羽カゲロウ日記(霜月二十六日)

西新宿に住んでいたことがある。 私の住んでいるマンションは急坂の中腹にあり、細い道をへだてて管理職ユニオンが入居しているビルがあった。隣は鬱蒼とした木々に覆われた宿屋で、素泊まり3,000円と書いてあった。会社まで長く急傾斜の坂道を登らなく…

文学研究会騒動記 第11回

そして学園祭が挙行された。 大学の校門から入り、さまざまな店を見学していると、お好み焼きを食べている4回生の桑原さんと三田村さんに会った。同じ哲学科なので仲がよいのだろう。情宣で講演会に参加してください、と言うと「OBは現役のやることに不介…

文学研究会騒動記 第10回

松頼好之氏の受賞作を手に入れることが、講演会開催の条件であったが、坂元はその本を手に入れるのに悪戦苦闘した。大学の今出川、田辺のラーネッド図書館にも松頼好之の著書『京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ』はなかった。 坂元は恥を忍んで中背川…

文学研究会騒動記 第9回

会議の後は会員全員そろって四条河原町で一次会をおこなった。ニ次会は堀内さんと私、坂元、静寂の4人で、堀内さんお気に入りの木屋町の「アフリカ」という熱帯雨林の装飾をしたバアで飲んだ。 話の内容は会議後、印刷された期間誌「未(いまだ)」の論評会…

文学研究会騒動記 第8回

そんな坂元が文学研究会に無理難題を叩きつけてきたのは、徐々に文学研究会の部員が固まりだした頃、9月に最初の文学研究会の今出川例会が開かれた時だった。 会長の中背川さんは国文科の3回生。柳井出身でいかにも当世の明朗にして快活なスポーツ青年で、或…

文学研究会騒動記 第7回

田辺校地で読書会が行われた。 テキストはヘンリー・ジェイムスの「ねじの回転」。英文科の西野先輩の指定だった。古典であり内容は難解、何でこんな本を選んだのと思ったが、何とか読書会前日に読み終えることができた。坂元は欠席、結局南先輩、中群礼、古…

文学研究会騒動記 第6回

その中にあって坂元は異質な存在であった。 坂元は神戸出身で御影石を刻む職人さんの子弟らしい。 長身にして引き締まった上半身を持ちいつも何か不満げで鬱屈した表情を浮べていた。坂元の浅黒い顔から発するドラ声は周囲を大いに威圧した。私は彼の迫力か…

文学研究会騒動記 第5回

毒舌家の酒村は、南さんを評して、 「あの女きっついでー、友達おれへんから昼休みに一階の自動販売機で焼きそば買ってきて部室で昼飯喰っとんねんでー。前なんか、熱いお湯が手にかかって焼きそば全部床に落っことして泣いてたんやでー。ほんまにきっついな…

文学研究会騒動記 第4回

最初は西野さんという英文科の2回生の女性と運営や英文学の話をしていたが、そのうち山村という法学生と静寂といういささか変わった名前の国文科の生徒、サッカー選手の恰好をして部室に現れた酒村などが、時間つぶしにいいと頻繁に立ち寄ってくれるようにな…

文学研究会騒動記 第3回

その後、しばらくすると、1回生の私はひょんなことから敬意とも嘲笑とも判別のつかない「ブンケンのヌシ」と呼ばれるようになる。 1回生の私が「ブンケンのヌシ」と呼ばれたのは、なにも文学研究会でたぐい稀なるリーダーシップを発揮した訳ではなく、さりと…

文学研究会騒動記 第2回

大学に入学してまもなく私は文学研究会に入会した。 図書館の前の芝生に置かれた机の上のノートに、女性の名前が書かれていた。負けてはならじと、入会希望のノートに名前を書いたのだが、それはサクラでノートに書かれた女性の名前は、既に入会している先輩…

文学研究会騒動記 第1回

1枚の写真が在る。 写真の中心には、顔が浅黒く屈強な上半身を茶色いセーターで包んで飄然とたっている長身の人物と、淡いブルーのセーターを着た無表情な男が片膝ついて写っている。 写真の右下隅には、お猪口を持った細目の学術団の桑原さんが横の人物にな…

薄羽カゲロウ日記(文月十七日)

皆さんは、田村隆一という詩人、作家をご存知でしょうか。 私は田村氏の本と神戸三宮のあかつき書房で出会いました。 二階の左側の本棚に辞書のような分厚い本が5~6冊並んでいる。この作家はどういう作家だろう、と思って手に取ろうとすると、窓際に座っ…

薄羽カゲロウ日記 (文月十四日)

NHKの「鶴瓶の家族に乾杯~鹿児島編~」をみていたら、鶴瓶氏が十四代目沈寿官氏宅を訪れていた。寿官氏は朝鮮の役で青磁器の陶工として強制的に日本に連れて来られ、後に薩摩焼というブランドをつくり上げた一族の末裔であり、司馬遼太郎の小説 「故郷忘…