文学研究会騒動記 第6回

 その中にあって坂元は異質な存在であった。

 

 坂元は神戸出身で御影石を刻む職人さんの子弟らしい。

 長身にして引き締まった上半身を持ちいつも何か不満げで鬱屈した表情を浮べていた。坂元の浅黒い顔から発するドラ声は周囲を大いに威圧した。私は彼の迫力からギリシア神話のカドモスに、にていると思いカドモス坂元と呼んだ。

 或る時、坂元と部室を出て列車に乗り込むと、坂元と同じテニス・サークル部員らしきキャバレーにいるようなケバケバしい化粧をした女が、彼女の化粧の具合と同じようにねっとりと坂元の体に密着して、

「あなたあさって空いとるん?テニス・サークル、ルナシー・ガルデリウスの存亡がかかってんねん。絶対参加してな」

と言うと去っていった。その後、坂元は一般的な男にありがちな誇らしげな表情をするかと思いきや、吐きすてるように、

「オレ、あんな奴らと一緒に並べられるんイヤヤねん」

とボソリと言った。

坂元は純粋にテニスというスポーツで若き肉体の躍動の悦びを謳歌したいのだ。しかしながら、現実のテニス・サークルは軽佻浮薄な連中のあつまりで男女の交際の仲介物としてテニス以外の行事に力をいれている。そんな現実に坂元は絶望していたのだった。

「硬式テニス部にでも入ったろか、思うとんねん」

また、坂元が何本かの酒瓶と生肉を抱えて田辺苫屋館に遊びに来てグテングテンに酔っぱらって必ず言う言葉は、

「お前、文学のことホンマに考えとるんか?」

という言葉だった。

「あの中島敦山月記ってあるやろ。俺、あの虎になりたいねん。わかるやろ土居氏」

私はかねがね「月山」を書いた森敦のようになりたいと思っていたのでこの言葉には共感できた。つまりお互い社会に認められるか否かわからないが、渾身の力を込めて自己の人生を投影したひとつの珠玉の作品を残したい、という願望があった。

彼自身、大学受験から解放されたエネルギーを何処に向けてよいのかわからず、平和で安穏とした大学生活を目の当たりにするや、日々その鬱屈したエネルギーが刻々と増してゆき、そのイライラが更にドラ声の威力を増した。

そんな彼が部室に入って来ると彼の発するいきどころのない怒りと凄まじい殺気が部室に漲り、部室が冷りついたようになった。

山村は「授業にいってきます」と風の如く去り、古谷は「星の会に用事があるんだった」、西野さんも「さあ、クラマ絵画においてある絵を仕上げなくっちゃ」と話を端折って部室を去ってしまう。自由に活動していた会員が一瞬にして、まるで鶏が庭の地面に落ちている餌をついばむような不自然なあしどりでぬきあしさしあし部室を脱出していってしまうのだ。

或る日、部室で山村が先日、坂元と会ったという話とその情景を話してくれた。

坂元と山村は偶然JR京橋駅で列車の向いあわせに座ったが挨拶もせず、JR京橋駅から大学前までの40分の間、下車するまでお互い顔をにらみあわせながら無言でやりすごしたという。

私は山村に、

「お前、それは異常なことだよ。部室で顔をあわせた者同士が、ひとことも声をかけずにお互い無視しあって40分間も沈黙してるって異常なことだと思わない?」

と私は言ったが、山村は、

「だって俺、あいつの事、なんも知らんねんもん。しゃあないやん」

と言った。